「◯◯したほうがいいかもしれないね」という英語はあるんでしょうか

JUGEMテーマ:外国語学習

 

「いちばんはじめの英文法」ももうすぐ半分てところまできたんですが、ここにきてテキストに対する不満があります。というのは、序盤で「いかに文型を覚えることが大切か」ということを説明していたんですが、そのときは例文が易しいから理解できました。が、英文が高度になってくると、これどういう文型なの?ってのが増えてきてるんでおます。自分の場合、どんな文でも文型で考えるクセをつけようと思っているので、先の講義でも文型の反復解説入れてほしいなーと思ってます。

 

英語がなんで苦手になったかって、例えば「助動詞」って項目があって、こういうのは大抵「()に当てはまる語を選べ」なんて出るんですけど、

 

ほかの男性と結婚しておけばよかった。

I (  ) another man.

 

みたいに。で、4択があるんだけど、ここの単元で出た例文てのは、そこの解説に当てはまるものだからわかるでしょ。でも、ほかの単元で、しかももっと長い例文の中で出てきたりするともうダメで、つまりテスト向きとしては覚えられるけど、長文の中で出ると対応できないんですね。どうにかならんのか。

 

で、この助動詞、というのがたくさんあるうえに「覚えるしかない」みたいな感じで、中学生のときはこういうのでもできたけど、今じゃ無理すね。ルールも細かいしね。

 

助動詞…文に意味を付け加える

will can may should must

↑これがいろいろ変形したりするんだけど、一番厄介なのが、この助動詞一つで2、3個くらい意味があるでしょ?

may

Vしてもよい(許可)

Vするかもしれない(推量)

 

この許可、推量、ってやつね。あと、Vすべきである、Vしなければならない、みたいのもあるんだけど、どうもこの使い分けが、英文を見たときによくわからなくなる。

 

これなんでかなあと考えてみたんですけど、自分が英文を理解しようとするときにちゃんと考えてないのもあるんですが、普段使いの日本語って、明確な意味を言葉に含ませてないからなんじゃないかと。

 

「◯◯クンは、転職すべきだ」ってはっきり言える人はそうそういなくて、そういう場面の表現は「◯◯クンは、転職した方がいいかもしれないね。まあ、選択肢の一つだよね。まあ君の自由だけどさあ、人生いろいろじゃん、俺もどうしたらいいんだろう、なあどう思うよ」という具合になるわけで、はっきり転職すべきだ、しなければならない、とは我々は言わないですよね。英語では、もしかしたら頭にmaybe付ければいいのかもしれないけど、それでは日本人の「100%自信があるわけじゃないし、それに責任を負いたくない」という含意とはどうも違う気がします。

 

こんな強い表現を使うのは、せいぜいサッカー見に来てる客が「右サイド使えよ(ボールを持っている△△選手は右サイドにパスしなければならない)」というような、責任が発生しない場面に限られているんで、どうもこの使い分けというのが感覚的にわかないんですね。

 

いや、もしかしたら英語圏だって、転職の相談されたときにmust shouldなんて使わない、という話かもしれませんが、それならばそうした強い表現を使う場面、というを先に示してくれた方がいいね。

 

そんなパワープレイで覚えなければいけない、辛い助動詞とは違い、受動態は国語的に分かりやすくていいね。主語と目的語と入れ替えるという、ライター的には基礎的な文章操作だし感覚的にいける、って感じです。しかし、実際に受動態ってどういう場面で使われるんでしょう。シンプルでわかりやすさを心掛けるべきビジネス的な場面では使われない気がしていて、普段の会話でもちょっとしたシャレを利かせた冗談とか、小説のような物語とか、香ばしい自己啓発とかしか思いつきませんが、英語では案外使うもんなのかな。どうなんでしょ。

40歳なのにルサンチマンがやばい野球部監督

JUGEMテーマ:スポーツ

 

夏の高校野球シーズン、飯食うときに見るくらいですが、香ばしい野球部監督のニュースがネットで話題ですよ。

 

「文武両道あり得ない」下関国際・坂原監督が野球論語る

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170812-00000006-nkgendai-base

 

上記リンクはヤフー版でして、選挙権を渡しちゃいけないタイプの人たちが集まるヤフーコメントでは「有無を言わせない結果を出すのか、それとも負けてボロクソ言われるのか楽しみ」とありましたが、それは色々違うなと思います。

 

まず、高校野球決勝大会に行ける時点で結果はすでに出していること、もうひとつは、試合結果とこの監督の指導方法の評価とは、なんら関係ないってことです。

 

1点目は分かるでしょ。として、2点目について、これは先に申しますと、彼の指導方法、あと言動は、新たな体罰の温床だなと思います。部活における体罰が一番やっかいなのは、結果がある程度出ることなんですね。世間は結果が出てるところには目をつむる。そうすると次年度もお墨付きをもらった体罰は続いていくし、結果がでなくなればエスカレートするかもしれません。子どもがSOSを出しても助けてくれない。運が悪いと誰かが自殺するまで続きます。

 

しかし、この監督は体罰はしていないではないか。飲み物もちゃんと与えている。携帯だって与えないに越したことはない、という意見もあろうかと思いますが「規則は破られるためにある」という言葉どおり、じゃあ、体罰がダメなら、殴らずに管理する方法を考えよう、というのが彼のやり方なんですね。だから、出発点は同じ。体罰がヤクザなら、このやり方は法の網をすり抜けた半グレみたいなもんです。

いやいや、辞めたいときに辞めていい、と言っているんだから、管理はしていないだろう、という意見もありますが、高校生が厳しい部活を辞めるとき、いかにエネルギーを消耗しているか想像を働かせないといけません。こういう呑気な意見を言っている人たちは、上司に面と向かって文句すら垂れることができないでしょ。そこまで計算しての管理野球です。

 

いま、ぼくは管理野球という言葉を使いましたが、管理野球をする場合に必要なのは、権力者です。選手・コーチ・監督の全員が同じパワー・バランスであったならば、管理することは不可能です。では、野球において徹底した管理を行う場合、誰が権力者になるのか。それは選手を指導する監督になるわけです。GMとか高校にはおらんし。権力者は、他を凌駕する暴力を有していなければなりません。ここでいう暴力とは必ずしも殴る蹴るとは限りません。野球部という組織において、携帯を解約させる、アルバイトさせる、居残りさせる、こうした権限も暴力のひとつとして数えます。なぜ暴力かといえば、それに逆らうことができないからです。国家やヤクザのあり方がまるで当てはまる、興味深い事例ですね。詳しくは、萱野稔人の書籍にて。

 

色々書いてきましたが、この監督が一番やばいのが、なんかいろんなルサンチマンを抱えているんだろうなーという発言の数々ですね。

桑田真澄が前に自著で書いてましたが、高校野球で選手より目立つ監督はダメ。なぜかというと、野球をしているのは選手ですからね。監督のおかげで勝った、というのはありえないわけですけど、この監督の発言を見ていくと、俺のおかげで勝ってます、と言わんばかりの自分語りっぷりで、とても教員免許を取った40歳の発言じゃないね。目つきもやばいよね。歪んだ自意識に取り憑かれてるんじゃないかなあ……。自分が監督して就任し、1人以外全員辞めたとか、かなり盛ってる気もします。そして進学校への恨みつらみとか、相当なルサンチマンを抱えてるでしょ。ヨットスクールの戸塚そっくりです。

これも体罰のまずい一面なんですけど、彼がそうした環境下で教育を受けてきたならば、それが正しいと思い込んだまま大人になる、ってのはどの社会でもありえることです。体育会系企業は、まさにそれですね。結果で自分の経験が正しいはずだと実証するために生きているのかなーと思うと、子どものためにも早く更生し、教員以外の仕事で一からやり直してほしいですね!

記事は日刊ゲンダイですが、質疑の形で書いているので真偽は間違いないんじゃないかと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シンプルに書こう。素敵な飾りは大人になってから

JUGEMテーマ:仕事のこと

 

さっそく英語の勉強サボりが始まりました。

なぜサボるのかというと、仕事にかまけて、ということもありますが、それ以外の話をしますと、自室には机が2つあるんですね。パソコン用とその他用。で、その他用というのは本を積んだり、書類を置いたり、ポケットティッシュをほったらかしたり、というように物が散らばっているため勉強スペースが確保できないうえ、椅子が一個しかなくその他用の机へ移動するのが面倒、といった理由からサボっている感じです。カンのよい読者はわかると思いますが、こうした論理を突き詰めていくと、やる気がない、という一点に到達するのであり、まあ、別のことでも書こうか、という気になってくるので、今日はぼくの仕事について書きたいと思います。

 

カテゴリーにあるとおり、ぼくはライターをしているんですが、ライターといっても全国のライターが同じような仕事をしているわけではありません。特に、ぼくのようにインターネットを舞台とし、かつ携わる事業によってはマネージメントもしているというのは恐らくあまり例がなく、ライターつったら雑誌とか新聞とか書籍やろ、またはねとらぼやろ、みたいなイメージとは随分かけ離れていると思います。

ライターというのは、実はぼくたちが想像する以上に様々な業界に根を張っており、それぞれの分野のルールに従って仕事をしているに過ぎません。だから、ライターにはライターとしての働き方がある、ってわけじゃないんです。ビバ自営業。

 

ぼくの話に戻りますと、大きくわけて3つの仕事をしています。医療関係のサイトのライティング、プロスポーツに関するライティング、そして自治体が委託している福祉系事業のマネジメントです。

 

本の執筆をしているわけではないので何百というページを仕事として書いたことはないのですが、原稿において多いときは5,000字以上、短ければ100字以内のようなものまで納品しています。

 

字数が多かろうと少なかろうと、共通して気をつけるべき点というのはあるもんで、まずはシンプルな文章を心掛けることです。筆箱って、小さいときはいろんな機能がついているのがええ感じ、やっぱ最強だわ、とか思っていたかもしれませんが、大人になるとシックでスマートな筆箱を買うでしょ、やっぱ。文章を書く場合も、若いときはついついいろいろな修飾語を使って豪華絢爛、パワフルなワードを使いたがるものですが、それは眼識ある人からすると虚仮威しのようなもので、迫力があるようで真に迫らない。そして読みづらい。じゃあせめて読みやすくして説得力を持たせましょう、ってことで、ぼくはシンプルに書くことを念頭に、自分が書いたものを推敲すべきだと考えています。

 

で、そういうことを仕事であればちゃんとやるんですけど、どうも自分が好きでやっているような、映画や本の感想だとか、あとこのブログに書いてるのだとか、そういう場ではエネルギー使うしそこまでやらねー、つーか、こんなん書いてる暇があるなら埃っぽくなったテレビの液晶画面を拭くとか、なんかあるだろ、日本男児なら。というような調子なので、よっぽどこのブログを書く練習の場とすらしていない。どうなっていくんでしょう。

 

 

 

エマージェンシーを叫んでいる(ing)

JUGEMテーマ:外国語学習

 

英文法の勉強を進めていて、あ、これはまずいなあ、けったいだなあ、つまずいたなあ、と非常事態宣言を、つまりエマージェンシーを(バイオハザードで覚えた英語)訴えているところです。

 

それというのも、24講中4、5講にあたる時制てところで、もうこれはアカンて感じです。

 

何がアカンかというと、いきなり覚えること増えてね?という点で、つまりこういう易しいと言われるテキストでもさあ、急にこういう風に項目が増えるところがあると、覚えきれなくてやる気なくすよね。そんな壁にぶち当たった感じです。

 

で、この2講だけでどんくらい項目があるかというと

 

4講:現在形、過去形、大過去、未来、進行形

5講:現在完了、現在完了の否定文、現在完了の疑問文、過去完了、未来完了

 

て具合でして、これを一気にやるのはしんどいな、と思っているわけです。

 

上段をやるだけならまだ分かる。

下段もこれだけやるなら分かる。

しかし、下段の例題が出たとき、引っ掛けで「これは4講でやった内容だよ!引っかからないでね!」と言われると、はて、違いがよく分からない、となっている、そんな状況です。

 

この場合はhaveは「持っている」の意味じゃないから、あとの動詞とセットで動詞、だとか、neverとかeverとかいうの入る、とか言われると、あれ、結局基本の5文型てこの場合どうなるんだ、みたいのでもさっぱり分からなくなるし。

 

この辺でブレイクタイム。ジョン・ボーナム様のドラムソロのお時間です。とかで一度足を止めた方がよいのかしら。それとも、男たるもの猪突猛進、山は休まず登れ、と植村直己も言ったかどうかわかりませんが、次に行った方がよいのか。20秒ほど思案したところ、一応軽く復習して、それで分からなかったらそれはそれで先に行こう、ということにしました。

 

アニマルズ「House of the rising sun」を文法的に分解してみたが……

JUGEMテーマ:外国語学習

 

実は、このブログを始める前に、すでに前回紹介した参考書を少し進めているんです。「大岩のいちばんはじめの英文法」て参考書です。全部で24章あるうち、3章まで勉強しました。

 

勉強したってんなら3章までのことを覚えたのかというとそうではなくて、つまり読んで、書いて、ふーん、と理解したつもりなのはいいんですけど、章末のテストで間違えまくってるんですよ。

 

例えば、「授業の前に」という、章にも入らぬ前説のところで

 

英語を「カタマリ」で覚えよう!

 

というところがありまして、これの例文を見ると

 

I like [to play tennis]

 

と書いてあるんですよ。

 

あれ、ぼくの感覚だとカタマリってのは

 

I like to [play tennis]

 

だと思ってたんですケド……。

 

というようなレベルです。自覚がないですが、前説でこれだから多分まずいんだと思います。

 

 

そんなわけだから、最初「0章」で出てきた「品詞」て言葉で「なんのことだっけな……」と思い巡らす、長崎旅行、みたいな状態でして、まあそんなコピーライトはないんですけど、その後は動詞、基本の5文型、ときて、半分くらいわかるんだけど分かった気になってるだけ、て状態です。

 

特に5文型、これはたしかに見覚えがあるんだけど内容は全く知らなかったものなんですが、説明の中の例文を見たらわかるんだけど、小問題の文章になると、途端にわからなくなる。

 

ああ、昔参考書を問いていたときもこんなだった、と苦い経験再び。

 

そうそう、その5文型を見ていたら、知ってる曲のタイトルとか歌詞でも考えられるんじゃないか?と思いつきました。

 

例えば、アニマルズが歌っていた「House of the rising sun」(朝日のあたる家)とかね……。いい曲だよね……。

 

 

参考書に沿って解析するならば、あれ、そもそもこれは全体が名詞ぽいから、5文型に当てはまらないのかな?

「of」とは「前置詞」のひとつらしくて、「前置詞……名詞」と、前置詞のあとは名詞が来るらしい。ここでいう名詞は「rising sun」となるのかな。だから、邦題である「朝日のあたる家」は恐らく正しい。

これが、「House of the rising sun [is mine]」みたいにすると、これは「House of the rising sun」が主語(S)、isが動詞(V)、mineが補語(C)、つまり第2文型のSVCになる(SとCがイコールの関係)ぽいです。

 

そもそもこの曲は、アメリカはニューオーリンズの貧しい移民の生活を描いたもので、このカバーの歌詞では、実家は裁縫、父親はギャンブル狂い、そんなわけで犯罪ばっかな生活してる俺がまたムショに戻るんや、でもみんな、ぼくみたいな罪深い生活を送っちゃあかんで、みたいな歌詞だと思います。多分、朝日のあたる家とは、主人公が暮らした孤児院のことだと思いますね。

 

それを勝手に「朝日のあたる家は俺の家」てタイトルにしてみましたが、鈍くさいけどこれはこれでヤンキーな主張でいいね。よくないか。

 

こう考えるとちょっとおもしろいかもしれんですが、息切れしそうです。すでに。

 

 

ついでに、この曲の映像について補足。

この口パクの映像は、1964年だったかに公開された映画「ポップギア」の一部です。当時イギリス発として世界的流行をなしていたマージー・ビートを中心としたスター・バンドが出演しており(中には重鎮・マット・モンローもいますが)、珍しい若きビートルズの生演奏もちょっと聴けますよ。

いつの時代も流行というのは玉石混交でして、この映画もそれが如実に表れています。といってもぼくはこのジャンルが好きなのでどれも隔てなく好きなのですが、やはりアニマルズ、それにスペンサー・デイヴィス・グループあたりは聴き比べると軍を抜いているのが分かるハズ。後世まで名前が残る人たちは、ひと味もふた味も違うんですね。

 

 

文法を知らないミーが英文法を勉強し直す

JUGEMテーマ:外国語学習

 

犬猫ペンギン、好きな動物を並べたURLでいいのかしら🐶😺🐧

よろしくおねがいします。

 

唐突に「英語の勉強、始めようかしら」と思い立ったのは2017年7月末。年齢、30代前半。英語を使う仕事には継いていません。

なんで英語の勉強始めよう、となったのかというと、建前は「洋書を読んで人智を高め教養、知識の向上につとめなんとする」つーのがあるんですが、そのためには人一倍、二倍、五倍くらい勉強しなければいけない所存でいるわけです。

 

ぼくの英語学習歴を示しますと

小学校(英語なし)→中学校(英検3級取得)→高校(急にやる気がでなくなりノートを全く取らない)→センター試験(その場しのぎの勉強で120点くらい)→国公立二次試験の英語(意味不明)→大学(国際学部)英語の授業は軒並み赤点→TOEIC295点→英語と触れる機会皆無

 

英語の学習内容が難しくなり、だんだんやる気をなくしていったという、我が国の青少年にありがちなパターンですね。

自分では英語が苦手になったポイントが上記の中で2つあります。

 

まず、一番やる気をなくしたのは大学ね。英語が苦手なのにどうして国際学部に入れたかというと、ぼくは数学が得意だったためセンター試験でカバーできたためです。なんで英語が苦手なのに国際学部に入ったのか、というのは忘れた。で、

国際学部ってくらいだからネイティブな先生、帰国子女な学生たちがたんまりいるわけで、そん中で授業受けるとなるとぼくはやはりついていけません。そのため、しゃーないのでテストの1ヵ月前から勉強を始めるんですが、どうしても赤点取ってばかりなんですよね。いやーしんどかった。外国人先生の質問に適当に答えたら笑われるしね。教室ってのはストレッサーな空間です。

 

とはいえ、ぼくは中学までは英語の点数もよかったわけで、それがどこでつまずいたのかと申しますと、どうやら高校入学で燃え尽きたというのか、急に毎日眠くなりまして、学校に行ってどの授業を受けても寝るんですね。冗談じゃない、ってくらい寝続けて、1年半はノート取りませんでした。いま考えたら、あれは脳の病気だったんじゃないか。理由もないのに不登校になる子どもは、脳が疲労状態にある、という研究もありますし。

で、2年生になってやらなきゃなあと頑張り始めるも、英語だけはどうしても取り返しがつかない。「この文の関係代名詞はどれ?」って聞かれても、関係代名詞が何かわからない。そんな文法なんてうっちゃってさあ、みんなで英会話する努力した方が私たちうら若い学生諸氏は報われるんじゃねーの?みたいな舐めたこと考えてボーッとしていたので、わかるわきゃない。それでも、単純なことを覚えるのは苦手じゃなかったので、英単語だけたくさん覚えて、大学に進学することができたんですね。しかし、そんなんだから文法とか、全然分からない。じゃあ、簡単なところから始めようってことで、高校生向けの予備校本「大岩のいちばんはじめの英文法」てのを買ってみました。

 

 

 

勉強をやろうと思えば、この年でもできる、と思っているんですが、一番苦手な教科を克服できるんですかね……

 

ということで、せめてこのテキストだけでもやり抜くべく、奮闘ぶりを記録していこうと思うのでよろしくおねがいします🐧

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