40歳なのにルサンチマンがやばい野球部監督

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夏の高校野球シーズン、飯食うときに見るくらいですが、香ばしい野球部監督のニュースがネットで話題ですよ。

 

「文武両道あり得ない」下関国際・坂原監督が野球論語る

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170812-00000006-nkgendai-base

 

上記リンクはヤフー版でして、選挙権を渡しちゃいけないタイプの人たちが集まるヤフーコメントでは「有無を言わせない結果を出すのか、それとも負けてボロクソ言われるのか楽しみ」とありましたが、それは色々違うなと思います。

 

まず、高校野球決勝大会に行ける時点で結果はすでに出していること、もうひとつは、試合結果とこの監督の指導方法の評価とは、なんら関係ないってことです。

 

1点目は分かるでしょ。として、2点目について、これは先に申しますと、彼の指導方法、あと言動は、新たな体罰の温床だなと思います。部活における体罰が一番やっかいなのは、結果がある程度出ることなんですね。世間は結果が出てるところには目をつむる。そうすると次年度もお墨付きをもらった体罰は続いていくし、結果がでなくなればエスカレートするかもしれません。子どもがSOSを出しても助けてくれない。運が悪いと誰かが自殺するまで続きます。

 

しかし、この監督は体罰はしていないではないか。飲み物もちゃんと与えている。携帯だって与えないに越したことはない、という意見もあろうかと思いますが「規則は破られるためにある」という言葉どおり、じゃあ、体罰がダメなら、殴らずに管理する方法を考えよう、というのが彼のやり方なんですね。だから、出発点は同じ。体罰がヤクザなら、このやり方は法の網をすり抜けた半グレみたいなもんです。

いやいや、辞めたいときに辞めていい、と言っているんだから、管理はしていないだろう、という意見もありますが、高校生が厳しい部活を辞めるとき、いかにエネルギーを消耗しているか想像を働かせないといけません。こういう呑気な意見を言っている人たちは、上司に面と向かって文句すら垂れることができないでしょ。そこまで計算しての管理野球です。

 

いま、ぼくは管理野球という言葉を使いましたが、管理野球をする場合に必要なのは、権力者です。選手・コーチ・監督の全員が同じパワー・バランスであったならば、管理することは不可能です。では、野球において徹底した管理を行う場合、誰が権力者になるのか。それは選手を指導する監督になるわけです。GMとか高校にはおらんし。権力者は、他を凌駕する暴力を有していなければなりません。ここでいう暴力とは必ずしも殴る蹴るとは限りません。野球部という組織において、携帯を解約させる、アルバイトさせる、居残りさせる、こうした権限も暴力のひとつとして数えます。なぜ暴力かといえば、それに逆らうことができないからです。国家やヤクザのあり方がまるで当てはまる、興味深い事例ですね。詳しくは、萱野稔人の書籍にて。

 

色々書いてきましたが、この監督が一番やばいのが、なんかいろんなルサンチマンを抱えているんだろうなーという発言の数々ですね。

桑田真澄が前に自著で書いてましたが、高校野球で選手より目立つ監督はダメ。なぜかというと、野球をしているのは選手ですからね。監督のおかげで勝った、というのはありえないわけですけど、この監督の発言を見ていくと、俺のおかげで勝ってます、と言わんばかりの自分語りっぷりで、とても教員免許を取った40歳の発言じゃないね。目つきもやばいよね。歪んだ自意識に取り憑かれてるんじゃないかなあ……。自分が監督して就任し、1人以外全員辞めたとか、かなり盛ってる気もします。そして進学校への恨みつらみとか、相当なルサンチマンを抱えてるでしょ。ヨットスクールの戸塚そっくりです。

これも体罰のまずい一面なんですけど、彼がそうした環境下で教育を受けてきたならば、それが正しいと思い込んだまま大人になる、ってのはどの社会でもありえることです。体育会系企業は、まさにそれですね。結果で自分の経験が正しいはずだと実証するために生きているのかなーと思うと、子どものためにも早く更生し、教員以外の仕事で一からやり直してほしいですね!

記事は日刊ゲンダイですが、質疑の形で書いているので真偽は間違いないんじゃないかと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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